JLPT · JLPT 4
魔が差した午後
今だから打ち明けますが、 財布を拾った私は
Level: N1 · 27 sentences
Transcript
- 今だから打ち明けますが、
- 財布を拾った私は
- 実はその足でしばらく彼女の後を追ったのです
- 交番が目と鼻の先にあることは、
- 重々承知しておりました。
- しかし、それ以上に、アーケードをゆく彼女の姿に、
- 心惹かれるものがあったのです。
- 人間とは不可解なもので、
- 時に自らの意思とは裏腹に行動してしまうきらいがあります。
- 会社への帰路であったことすら、しばし念頭になく、
- 雑踏の中をただ進みました。
- 追いつかんがための行動では断じてありませんでした。
- 財布を案ずる老婆心からでもなく、
- ただ、後をつけていただけなのです。
- 何しろ彼女の後ろ姿が視界から消えなかったのです。
- 長い髪と薄桃色のスカートが
- 軽やかに揺れていました。
- その姿は春そのものでした。
- 退屈極まりなかった私の一日が、
- にわかに色づいた瞬間でした。
- 魔が差したとでも言うべきか。
- 結局、二百メートルほど進んだ頃、
- 彼女は人波に紛れてしまいました。
- そこで我に返り、引き返して、
- この交番へ届け出た次第です。
- なぜかその日は終日、
- 不思議な高揚感に包まれていました。