JLPT · JLPT 4

海の嘆き

私は海洋生物学者だ。 この離島に来て早30年が経つ。

Level: N1 · 33 sentences

Transcript

  1. 私は海洋生物学者だ。
  2. この離島に来て早30年が経つ。
  3. かつて、ここの海は宝石箱のようだった。
  4. 色とりどりのサンゴが咲き誇り、
  5. 無数の魚たちが舞い踊っていた。
  6. しかし、その光景は今や昔日の夢にすぎない。
  7. 白化したサンゴが墓標のごとく立ち並ぶ。
  8. この静かな惨状の元凶は、
  9. 目に見えぬ海洋酸性化にある。
  10. 大気が吸収しきれんばかりの二酸化炭素が、
  11. 海に溶け込み、その性質を変えてしまったのだ。
  12. この現象をめぐっては、多くの議論がなされてきた。
  13. だが、事態は悪化の一途をたどっている。
  14. サンゴをはじめとする石灰化生物にとって、
  15. 海の酸性化は死活問題にほかならない。
  16. 殻や骨格を形成する能力が、
  17. 著しく阻害されるがゆえに
  18. このままでは食物連鎖の崩壊も免れまい。
  19. 早急な対策が求められるも、
  20. CO2排出量の削減は遅々として進まず、
  21. 遅きに失した感は否めない。
  22. たとえ今すぐ削減できたとしても、
  23. 海が元の姿を取り戻すには、
  24. 想像を絶する時間を要するだろう。
  25. 我々の世代が犯した過ちの代償は
  26. あまりにも大きいと言わざるを得ない。
  27. 己の無力さに打ちひしがれる日もある。
  28. だが、諦観に浸るわけにはいかない。
  29. 私は酸性化に強いサンゴを育てるべく、
  30. 研究に心血を注いでいる。
  31. この試みが大海の一滴にすぎないことは分かっていますが、
  32. それでも、未来の世代のために、
  33. この命を燃やし尽くす覚悟だ。