JLPT · JLPT 5
我を忘れる
「我を忘れる」という表現がある。 自分のことを忘れるというのだから変な感じがするが、
Level: N1 · 36 sentences
Transcript
- 「我を忘れる」という表現がある。
- 自分のことを忘れるというのだから変な感じがするが、
- 考えてみると、なかなかうまい表現だなと思う。
- 映画に没入している時、
- いつの間にか主人公と自己を同一化し、
- 主人公が苦境に立たされれば、
- こちらも胸が苦しくなったり、
- 知らぬ間に手を握りしめていて、汗ばんできたりする。
- それは別に映画の話であって
- 自分の椅子に座ってそれを見ているのだから、
- 何のことはないと言えばそれまでだが、
- そんな観客としての自分のことは忘れてしまっているのだ。
- 先日、児童演劇に携わる方々と雑談する機会に恵まれた。
- その席で、実に興味深い話を聞いた。
- 近頃の子どもたちは劇に没入するのを拒むきらいがあるという。
- 劇の流れを遮るべく、
- 何やかんやと、野次を飛ばすそうだ。
- 役者がピストルを構えれば、
- 「それ、おもちゃじゃん」と指摘し、
- 誰かが死ぬ場面では、
- 「死んだふりしてるだけ」と叫ぶ。
- 悲しい場面のときに、
- 妙な冗談を言って笑わせる。
- 要するに、「クライマックスに達してゆくのを、
- 何とかして、妨害しようとしている」としか思えない。
- こうなると、劇をする人も
- 非常に演じにくいのは当然である。
- 主催者の人たちがもっと驚き悲しくなるのは、
- そのような子供たちがやじで騒いで喜んでいた後で。
- 「今日は子供たちがよくノッていましたね」と
- その子の親たちが喜んでいるのを知ってた時である。
- この親は「ノル」ということをどう考えているのだろう。
- 子どもたちは一見楽しげに騒いでいる。
- しかし、実のところは劇を展開に
- 「ノル」のに必死で抵抗しているのだ。
- おそらく、「我を忘れる」のが怖いのだ。