Japan's History · Section 1

皇女和宮の生涯

昭和33年、東京の増上寺で徳川将軍家の墓が掘り返された。 その中に一人の女性の亡骸があった。

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Transcript

  1. 昭和33年、東京の増上寺で徳川将軍家の墓が掘り返された。
  2. その中に一人の女性の亡骸があった。
  3. 胸には一枚のガラスの写真が抱かれていた。
  4. 写真は翌日、跡形もなく消えていた。
  5. 亡骸の主は和宮である。
  6. 和宮は仁孝天皇の王女として生まれた。
  7. 父は彼女が生まれる前に世を去っている。
  8. 兄は孝明天皇。
  9. のちに攘夷を強く願い続けた帝である。
  10. 六歳の時、和宮には婚約者が決まった。
  11. 有栖川宮熾仁親王である。
  12. 京の都で皇族として穏やかに嫁ぐはずの人生だった。
  13. だが黒船が来て時代が裂けた。
  14. 幕府は朝廷の権威にすがろうとする。
  15. 公武合体。
  16. 朝廷と幕府を結びつけ、揺らぐ国をまとめるという策である。
  17. その証として求められたのが王女を将軍に嫁がせることだった。
  18. 白羽の矢が立ったのが和宮だった。
  19. すでに婚約者がいる身である。
  20. 和宮は拒んだ。
  21. 関東へは行きたくない。
  22. そう繰り返したと伝えられる。
  23. だが、兄の帝も周りの公家も、最後には彼女を説き伏せた。
  24. 婚約は破棄された。
  25. 十六歳の和宮は中山道を下って江戸へ向かう。
  26. 行列は数十キロに及んだとも言われる。
  27. 襲撃を恐れ、沿道は厳しく固められた。
  28. 夫となる将軍は徳川家茂。
  29. 和宮と同じ年に生まれた少年だった。
  30. 江戸城の大奥で和宮は孤立した。
  31. 御所の作法と武家の作法は何もかもが違った。
  32. 姑にあたる天璋院とは度々衝突したと伝えられる。
  33. それでも家茂との仲は睦まじかったという。
  34. 政略で結ばれた二人は互いを思いやった。
  35. だが、家茂は幕府の長として
  36. 京都、大阪へ何度も出向かねばならなかった。
  37. 慶応二年、長州との戦の最中、
  38. 家茂は大阪城で病に倒れる。
  39. 二十一歳だった。
  40. 出発の前、
  41. 家茂は和宮に西陣織を土産にすると約束していたという。
  42. 届いたのは夫の遺体とその反物だった。
  43. 和宮は髪を下ろし、静寛院宮と名を改めた。
  44. まだ二十一歳である。
  45. 同じ年の暮れ、兄の孝明天皇も急死する。
  46. 和宮は夫と兄を相次いで失った。
  47. そして戊辰の戦が始まる。
  48. 江戸へ攻め上がる新政府軍の大総督は有栖川宮熾仁親王。
  49. かつての婚約者が嫁ぎ先を討つ軍を率いて迫ってきたのである。
  50. 和宮は筆を取った。
  51. 徳川家を滅ぼさないでほしい。
  52. 朝廷へ嘆願を重ねた。
  53. 江戸は戦火を免れ、徳川家は存続を許された。
  54. 和宮の嘆願もその一因とされる。
  55. 明治十年、和宮は箱根の塔の沢で療養中に世を去った。
  56. 脚気だった。三十二歳である。
  57. 遺言は夫のそばに葬ってほしいというものだった。
  58. 増上寺の家茂の隣に眠った。
  59. そして八十年後、墓は開かれる。
  60. 胸の写真には若い男の姿が写っていたと伝えられる。
  61. それが家茂だったのか、かつての婚約者だったのか、
  62. 確かめる前に像は消えた。
  63. 調査の後、写真はただのガラス板になっていたという。
  64. 光に当たって消えたとされる。
  65. 国のために二度人生を差し出した王女が、
  66. 最後まで胸に抱いていたのは誰だったのか。
  67. その答えは今も誰にもわからない。